……あの日、教会から遠坂とイリヤが帰って来てすぐ、俺たちも加わって居間で話し合いが開かれた。
それというのも、遠坂とイリヤが時計塔の特待生になったというのである。
…時計塔というのは、魔術協会の三つの拠点の一つで同機関の最高学府の事だ。
魔術の才能に恵まれた、いわゆる“天才”のみが入学を許される。
その点で言えば、二人が入学を許可されるのは当然だろう。
「ふんっ、わざわざ特待生で呼ぶって事は、どーせ裏に何かあるはずだけど」
「まぁね。それより本題はこっちなんだけど、特待生の特例処置として、研究を補佐する助手一名の随伴が認められているの。お金を払えば助手も講義や訓練に参加できるらしいし、私たちとしてはあなたたち二人を一緒に連れて行こうと思うわ。士郎は私の、桜はイリヤの助手として。…もちろん普段は今まで通り四人で協力するけどね」
「わたしは時計塔に興味はないんだけど、シロウとサクラには良い話だもんね」
「本当かよ!ありがとう二人とも!」
「ありがとうございます!…でも、そうすると私は…」
「ええ、入学は来年の春だから、桜には留学してもらう事になるわ」
「あっ、そうか…」
桜は一学年下だ。
一緒に来るという事は、学園を途中で辞めなければならないという事だ。
桜は弓道部の来季の部長に選ばれているとも言っていたし、色々問題が多そうだな…
「まぁ、気持ち良く出発するためにも、この一年を悔いの残らないものにしましょう。…あと、これはさっきイリヤと話したんだけど、夏休みを使ってロンドンの下見に行って来ようと思うの。下宿先とか、むこうの現状とかを知っておきたいしね」
一章:W/二人
………そうして季節が一つ廻り、夏季休暇が始まって数日後に二人はロンドンに旅立った。
セラさんとリーゼッリットさんもイリヤのお付きで一緒に付いて行ったので、日中は屋敷に俺と桜の二人だけだ。
(遠坂達が下見に行っている間、桜は藤ねぇの所に泊まる事になっていたので夕飯を食べた後は俺一人だった)
…その日もいつもの様に、日中はそれぞれ遠坂とイリヤが置いて行った課題をやり、夕飯は藤ねぇも一緒になって食べ、三人で食後のお茶を飲んでくつろいでいた。
「藤村先生、私、今日はもう少し先輩と勉強をして実家の方に戻ろうと思っているんですけど…」
「うん、良いんじゃない?でも偉いねー二人とも。勉強だなんて関心かんしん。…じゃあ私はそろそろ帰るから、二人ともお休みなさい。あまり頑張り過ぎちゃだめよ」
「はい。先生、また明日」
「じゃあな、藤ねぇ」
藤ねぇが出て行き、居間には俺と桜だけが残った。
「…先輩、お風呂お借りしても良いですか?勉強を始める前にスッキリしたくて」
「あぁ、良いぞ。…やっぱりイリヤの課題も難しいのか?」
「はい…イリヤさんもなかなかスパルタです」
時計塔に行くための最低限の知識だと、二人は俺達に課題を与えて行ったわけだが…これがなかなか大変だった。
必須である英語はもちろん、魔術師が最低限知っておかなければならない知識として、広辞苑のような本をどっさり置いて行ったのだ。
桜は苦笑いをしながら席を立ち、居間から出て行った。
(…桜が出たら俺も風呂に入るか)
そうすると先に日課を済ました方が良いかもしれない。
俺も腰をあげ、土蔵に向かった。
土蔵に入り、今までと同じように鍛錬を開始する。
…俺の回路は全て開いているので、遠坂に言わせれば今やっている事は限りなく無駄な事だ。
けど、これは親父から教わり今日まで続けてきた日課だし、することが当然なので今更辞めるつもりはなかった。
結跏趺坐の姿勢をとり、精神を集中し回路を再構築する。
「…同調、開始」
1…2…3…
体中に巡る回路の内側に一つずつ、ゆっくりと焼けた鉄の棒のような疑似神経を通す。
…25…26…27。
…回路の再構築完了。
続いて回路に魔力を通し、投影を開始する。
「…投影、開始」
…イメージするのは、あの日黄金のサーヴァントが使った剣。
俺の創り出したカリバーンを簡単に打ち砕いた魔剣。
たとえあの時一度見ただけだとしても、解析できた以上は創り上げる事ができるはずだ…
創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現し…
「…投影、完了」
…できた…ほぼ完璧にあの時の剣を創り上げることができた。
カリバーンよりも長く、簡素で実戦向けで…感じる力も高い。
北欧神話の主神オーディンによって託され、ついには竜をも滅したと言われる魔剣グラム。
カリバーンの原型となったその剣の原型…
あいつは確か“原罪”と呼んでいたか…
「…っはぁはぁ…ふっ〜」
乱れた呼吸を整える。
…全身汗だくで、少し倦怠感がある。
レベル的にはカリバーンよりも上の剣だ、負担も大きかった。
「…はぁ、しかしカリバーンよりだいぶ大きいな」
床に置いてある剣を見ながら、その大きさに溜息をついた。
これでは今の俺には扱いきれない。
そうなると威力は劣るものの、カリバーンの方が使い勝手が良いと言える。
…日々の鍛錬の成果で、俺の技量は格段に上がっている。
回路を再構築してから剣を創り上げるまでに要した時間は20分。
投影だけなら2分と掛かっていまい。
しかし、実戦ではこの時間では命取りだ。
もっと早く、一瞬で創り上げる事ができなければ意味が無い。
それに体力をもっとつけなければならないな、投影しただけでこんなに息が上がっていては話にならない。
「せんぱーい、お風呂空きましたよー」
風呂から上がった桜が、母屋から少し大きな声で声をかけてくれた。
…よし、それじゃあ今日一日の疲れをとってくるか。
「わかったー」
わざと基本格子に歪みを生じさせて剣を消し、土蔵を後にした。
……風呂から上がり、濡れた髪をタオルで拭きながら居間に戻って来た。
(…さあ、頭もスッキリしたし勉学に励むとするか…)
そして、俺は何の警戒も無しに居間の襖を開けた…
バシュッ!ガシッィィ!!
「なっ!!?」
突然襲い掛かって来た黒い帯のようなモノに、両手と足を封じられてしまった!
ズルズルズル…
そして、そのまま俺は居間の隣の和室まで引きずられ、連れて来られてしまった。
…自由になろうと畳の上で無様にもがくうちに居間の明かりも消され、部屋の中は夜の色に支配された。
「…先輩、ごめんなさい。でも私、もう…」
部屋の奥から桜の消え入りそうな声がした。
「さ、桜…これはどういう…」
全く意味が解らず、呆然としながら声のした方に目を凝らす。
「こんな手荒な事をしてしまってすいません。…けど、もう我慢できないんです。姉さん達がいる時は我慢できましたけど…二人きりになったら…私…私…」
ドクン…
桜の声は異常なほど艶やかで、俺の心臓は張り裂けそうなほど鼓動している。
ドクン、ドクン、ドクン…
…そして、窓から入った月明かりが桜をとらえ…
「…衛宮先輩、私を…抱いてください」
ドクンッ!!!
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……情事を終え、お互い体を清めて今は俺の部屋で一緒に寝ている。
…なんというか…若干気まずい。
まぁ、あんなことの後だし、仕方のないことかもしれないけど…
色々と考えていると、俺の腕の中にすっぽりと納まっていた桜が顔を上げた。
「…先輩は…今好きな人はいるんですか?」
抱き合った後に聞くことではないのだろうが…確かにハッキリさせなければならないことだろう。
それに、俺もちょうどそのことを考えていたし。
「…正直、抜け出て好きな娘はいないんだ」
…これは卑怯な回答だと思う。
けど桜は大して気にしたふうもなく、話を続けた。
「…やっぱり、セイバーさんのことが忘れられないんですね…」
セイバーのことを桜が知っていた。
…おそらく遠坂に話を聞いたのだろう。
「…確かに、まだだいぶ引きずってはいるかな」
隠すことでもないと思ったので、自分の気持ちを素直に打ち明けた。
「そうですか…でも私、先輩に抱いてもらえて嬉しかったです。今までで生きてきて一番幸せでした」
桜は俺を責めもせず、ただ嬉しそうに微笑んでいた。
…とても、嬉しそうに…俺の背中にまわした腕に少し力を込めて…
「…今回のことは…私が強引に誘惑したからですし、私の気持ちが暴走してしまったからで…だから、先輩は悪くありません。…先輩は今まで通りに姉さんにちょっかいを出したり、どこか知らない所で女の子を引っ掛けても構わないですし…でも、イリヤさんにまで手を出すのは犯罪だと思いますけど」
「ちょっと待ってくれ、桜。俺ってそんなに節操が無い男に見られているのか??」
さらっとひどいことを言ってきた桜を、ジト目で見て抗議する。
…その顔が余程可笑しかったのか、桜はくすくす、と悪戯に笑っている。
「…ふふ、すいません。ちょっと言い過ぎました」
「まったく…でも、一つだけ訂正するぞ、今回のことは桜が悪いわけじゃない。俺もあの時、桜が欲しくなったんだ。桜が可愛くてしょうがなくて…だから、お互い様ってことにしないか?」
桜は一瞬キョトンっとした顔をしたが、直ぐに満面の笑顔に戻った。
「…そんなことを言って良いんですか?…私、また先輩を誘惑したくなっちゃいますよ?」
「それは魅力的だけど…遠坂たちがいない時に、せめて優しく誘惑してくれよな」
…さすがに毎回磔にされたら身が持たないし、俺はそっちの趣味は無い。
「…もう、先輩は意地悪です。…でも、いつか先輩の方から求めに来てもらえるくらい、姉さんよりも…セイバーさんよりも私を好きになってもらいますか
ら…覚悟していてくださいね」
そう言うと顔を上げ、掠め取るように俺の唇を奪っていった。
…触れるだけの、いやらしさも何もない少女のキスだった。
「…けど、今はそんなことより…」
桜は俺の胸に預けた頭を、さらに密着させてきた。
「…このままゆっくり、先輩の腕の中で眠りたいです…」
…そう言うと直ぐに、桜はすぅすぅと可愛らしい寝息を立てながら眠ってしまった。
純粋な疲れと、心の重みが一つ降りたから安心したのかもしれない。
その寝顔はとても幸せそうで、俺も温かい気持ちで心が満たされ、桜と同じように夢の中へ意識を放した。
…チュン…チュンチュン…
…雀の声が聞こえ、まぶたの裏がだんだん温かくなる。
どうやら朝のようだ。
…昨日は色々あったけど、今朝もいつもと変わらず清々しい…
「…予感的中ね」
「リン、どう始末しようか?」
…なんだ??
とてつもない殺気がする…
夢で見ていた一面の花畑は一瞬にして枯れ、澄み切っていた青空は暗雲が立ち込めて時折稲妻が走っている。
「桜は私に任せてくれないかしら」
「わかったわ。…セラ、遮音と人払いの結界は張った?」
「抜かりありません」
…一気に目が覚めた。
(おいおい、何で皆が帰って来てるんだ!?…だって一週間ぐらい前に出発して…しまった、帰って来てもおかしくないじゃないか!)
目を閉じたまま今の状況を整理する。
まず、俺と桜は下着姿で同衾している。
…ここに関しては言い逃れはできない。
次に、どうやら屋敷には遮音と人払いの結界が張られているらしい。
…お仕置きの準備は万端ということか。
最後に、これから俺がとるべき最善の行動は…
三十六計、逃げるに如かず!!!
勢いよく布団を抜け出し、トランクスとランニング姿で部屋を飛び出して廊下を走って逃げる。
「…逃げたわね」
「莫迦ね、どこへ逃げても袋の鼠なのに。…リズ!」
「シロウ捕獲作戦、開始」
…今度こそ、確実に、俺は死んだかもしれない…
「セラは結界のコントロールを頼んだわ。最終的に道場に逃げ込むように仕向けて」
「かしこまりました」
「じゃあ、リン。わたしたちは道場に先回りするから、こっちはよろしくね」
そう言うと、イリヤはセラを連れて部屋から出て行った。
…私の足元には人の形に盛り上がったタオルケットがある。
まったく、いつまで寝たふりをしているつもりかしら?
「…桜、起きているんでしょ?」
「あはは…」
桜は上半身を起こし、タオルケットを体に巻きつけて布団の上に座っている。
…所々白い肌がのぞき、色っぽい恰好だった。
「…ずるいわね。抜け駆けなんて」
「…ずるくはないですよ。私と先輩を二人きりにして行ってしまった、姉さんたちのミスです」
桜は飄々とした体で言い返してきた。
…確かに、桜の言っている事はもっともだけど…納得はできなかった。
「桜、あなた…」
「しましたよ、先輩と…」
「っつ!」
一瞬かぁっ、と頭に血が上ったけど拳を握って耐えた。
「…ふふっ、姉さんがそんな女の子らしい顔をするなんて…。でも、大丈夫です。…体を重ねはしましたけど、私から強引に仕掛けたからですし。…だから、体は奪えましたけど、先輩の気持ちまでは奪えませんでした」
そう言う桜は、どこか遠くを見るような表情をしていた。
「…“いない人”と恋愛のレースをしても、勝ち目は無いんでしょうか?」
…どうだろう、確かにセイバーは私たちよりも大きく士郎の心の中に残っている。
けど、その思い出は色あせることもないかもしれないけど…増えることもない。
「…さぁね。今勝ち目は無くても、私たちはこれからずっとアイツと一緒にいるんだから…むしろ有利なんだと思うけど?」
「…そういう考えもありですね…。でも、とりあえず今の段階で姉さんたちよりもリードしているのは確実です。今日姉さんたちが帰ってこなければ一気に勝負を決められたのに、惜しかったな〜」
「…ふんっ。私がいる時は、絶対にこんなことはさせないんだから」
…とりあえず、しばらくは桜の動向に目を光らせるべきだろう。
けど…桜に追いつくためには私も行動に移さなきゃダメかな…
「…ちょっと姉さん、何を考えているんですか?」
…うっ、どうやら考えていることが顔に出ていたらしい。
「べっ、別に。…余裕ぶっていると、いまに痛い目を見るわよ、桜」
「ふふ、姉さんだって、ぐずぐずしていたら巻き返しもできなくなっちゃいますよ?」
女の余裕といったふうに笑みを返してくる桜を、目でけん制する。
(…まったく、我が妹ながらとんでもないライバルだわ)
「ぎぃやあああぁぁぁ…!!」
話も切りが着いたところで、道場の方から士郎の悲鳴が聞こえてきた。
「…始まったわね」
「あらら…」
今回は士郎の責任ではない気もするけど…まぁ、お仕置きされる理由を挙げるなら、あんなことをしておいて尚、優柔不断に振舞っている女たらしぶりにかしら…
「…とりあえず、後で今回下見をして決めた事を話すから、30分ぐらいしたら服を着て居間に来て」
「わかりました」
…そうして、同じことを彼らにも伝えるために、私も道場に向かった。
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